けいた覚え書き。

生きざまはTumblrに刻んだ Tumblrを墓標としたい 死んでもたまに誰かがreblogしてくれる

(via yaruo)

Tumblr (via mcsgsym, 4hey4hey) (via katoyuu) (via highlandvalley) (via tumbladdiction) (via shinoddddd) (via bgnori)
編集さんと話していた時「スティーブン・キングが…」と話題を出したら「誰ですか、それ?」って言われて、唖然としていたら「村田さんもライターだったら自分の偏った趣味が、あたかも世の中の常識みたいに話してはダメですよ」って説教されました。5年経っても納得できてないす。
Twitter / rumrumrumrum (via rpm99)

背筋が凍ったわ

ブックオフじゃなくて古書店組合加盟店に本を売りましょう」というツイートが流れてきたので、近くの古書店加盟組合店にTELで本を売りたいって言ったら「あー、ダメダメ、最近の人は知的水準が低くて。もうそういうのは扱えない」とか馬鹿げた事を言われた。だからブックオフに負けるんだろ、アホが
マックで初めて「客は神様だろ!」って怒鳴ってる人見たんだけどその怒鳴られてる店員が即答で「他の神様の御迷惑になりますので」って言って一瞬で論破してて思わず笑ってしまった。
Twitter / niyaniyawxy (via amiens2009)

いいセンス

「クリエイターはコピーはするけど、ペーストはしないんだよ。」という言葉は、「クリエイターはパクってナンボ、パクって成長する」的な、誤解や言い訳を呼びがちなこれまでの言葉に対して非常に明確で、想像しやすく、現代的で、具体的でもある。素晴らしい。
Twitter / raf00: 「クリエイターはコピーはするけど、ペーストはしないん … (via mcsgsym)

素晴らしい。すべての仕事に言えることだ

日本軍のサハリン韓国人虐殺 初めて具体的証言
2012/11/13 10:24 KST

【ソウル聯合ニュース】第2次世界大戦直後にロシア・サハリンのウグレゴルスク(当時の恵須取町)地域で行われた日本軍による韓国人虐殺について具体的な証言が出された。これまでは曖昧な証言が大部分だった。目撃者から具体的な場所や日付、状況を聞いたという証言は今回が初めて。

 韓国の国家記録院は13日、第2次世界大戦直後に同地域で起こった日本軍による韓国人虐殺についての記録を追跡調査した結果、当時同地域に住んでいた2人から具体的な証言を確保したと明らかにした。

 同院によると、サハリン在住のファン・スンヨンさんが当時11歳だった1945年夏、恵須取に住んでいた叔父と叔父の弟が日本軍に虐殺されたとの話を母から聞いたと証言した。ファンさんは、当時叔父夫婦は恵須取で農業を営んでいたが、1945年8月20日に叔父と叔父の弟が日本軍に尖った木の枝で殴り殺されたと証言した。

 また、同年8月に当時5歳だったサハリン在住のイ・テヨブさんは後に隣家の住人から聞いた虐殺について証言した。

 イさんは、恵須取に住んでいたカン氏夫婦と息子2人の一家のうち、カン氏と上の息子が日本軍に殺害されたと説明した。日本軍がソ連軍と戦うための竹やり作りを命じたが、上の息子の足が不自由で面倒をみなければならないと断ったため日本軍に刃物で殺害され、それに抗議した上の息子も殺害されたという。

 国家記録院は今年8月、ロシアから入手した1946年の旧ソ連政府の報告書草案を公開し、第2次大戦前の恵須取地域の韓国人人口は1万229人だったが、戦後には5332人と約半減したと明らかにした。

 ロシア政府は報告書で韓国人人口が5000人近く減少した理由について、避難や本国帰還のほか日本軍による虐殺を挙げた。

 同院は、報告書に続き証言も確保されたため、同地域で行われた日本軍による虐殺の実態が一層明らかにされたと評価した。

聯合ニュース

キマシタワー

(via ittm)

どうして67年もの間、何も具体的な証言がなかったんですかねぇ…?

(via tamejirou)

無から湧き出した、突然の証言。いつものパターン。

Tumblr Life

Tumblr Life を入れることで、Tumblr ダッシュボード上で下記のキーボードショートカットが使えるようになります。

j 次のポストにフォーカス (つまり下移動)
k 前のポストにフォーカス (つまり上移動)
a like, unlike
r reblog
q reblog (add to queue) - キュー (Queue) に入れる
w reblog (private) - 非公開で Reblog
e reblog manually - 手動でReblog(Reblog 投稿画面が開く)

ということで、この Tumblr Life と AutoPagerize の組み合わせで、ページ送りを気にせず、キーボード操作で投稿を次々と移動 (j, k) し、Reblog / Like (r, a) をガンガンしていけちゃいます。

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/26(土) 02:35:33.65 ID:rrQIwSYO0
コピペだけど

 その昔、日本は電力関係の技術の一部をフランスから教わっていた。
日本人は富岡製糸工場と同じように、ぐんぐん技術を吸収して完璧に発電所を動かした。
一年後、フランス人技術者たちは本国に引き揚げていったんだが……
 発電所の制御装置には当初から封印された謎の鉄の箱が接続されていた。
そしてフランス人たちは、その箱についてだけは一切教えてくれなかった。
立ち去るときにも「その箱は絶対にさわらないこと、こわれたら呼んでね」と
言い残していったそうな。
 
 さて日本人たちは言いつけを守ってはいた。気にはなるけど、
下手にいじって発電所を停めたらことだ。
だが技術者たちはあの手この手で調べて、やがて出した結論は……
この箱、まったく何もしていないんじゃないの?
そして技術者たちは会社にかけあった。自分たちの技術力にかけて、
これは何もしていない、我々を信用してこれを外させてくれ、と。
さわらぬ神になんとやらという議論もあったが、やっとゴーサインが出た。

そしてその当日、万が一にそなえて万全の体勢を整え、
みんながかたずをのんで見守る中で、その箱からのびるケーブルが切られた。すると……
 
何も起きなかった。

 溶接されたその箱を開けてみると、中は空っぽだった。本当に、それはただの箱だったのだ。
 一同は安堵のため息をついた。技術者たちは胸をはる一方で、
「フランス人め、たばかったな!」といきりたつ人もいた。

 でも……とぼくにこの話をしてくれた電力エンジニアは言うのだった。
その箱をはずしたとき、日本の電力は独立できたんです。
そのとき日本はフランスの呪縛から逃れ、電力技術を完全に自分たちのものにしたんです、と。
あれはフランス人が日本に置いていってくれた、卒業試験だったんですよ、と。

mcsgsym:

hysysk(via new-akiba)(via gkojaz)(via mcsgsym)

涙出た

mcsgsym:

hysysk

(via new-akiba)

(via gkojaz)

(via mcsgsym)

涙出た

233 :本当にあった怖い名無し[sage] :2009/03/12(木) 11:12:10 ID:jJuJBpzV0
私の実家には電話に出る「何か」がいる
家に誰も居ないとき限定で、家の固定電話に電話をかけると「何か」が電話に出る

それが無言でもなくノイズでもなく、ごく普通に「はい(苗字)です」と、若い男性(印象としては20前後ぐらい)の声で。

で、「何か」に用事を頼むとしっかりこなしていてくれる。
・お風呂沸かしておいて
・○○の電源切り忘れたから切っておいて
・何時になったら洗濯物を取り込んでおいて
などなど、敷地内限定かつ人に出会わないもの(宅配受け取って、などはNG)

私が生まれたころからはじまったのでかれこれ数十年になるんだけど、いまだに「何か」は家にいるらしい。
この間ためしに「母に○○と伝言お願い」と頼んだら、母が帰宅したらテーブルの上にメモ書きとして置かれていたそうな。
236 :本当にあった怖い名無し[sage] :2009/03/12(木) 11:58:20 ID:jJuJBpzV0
»235
炊飯器のスイッチ入れておいて、と
冷凍庫から物を出しておいて、までならやってくれたことがある。
あんまり難しいことはできないようで。

はじめは「誰かの幽霊では?」となったんだが、該当するような若くして死んだ親戚なんかも全く居ない。ある日を境に稲荷さんではないかということで落ち着いた。
245 :本当にあった怖い名無し[sage] :2009/03/12(木) 17:23:32 ID:jJuJBpzV0
»240
一度、家族全員わざと留守にしてカメラ回してみたことがあったけど、そのときは電話にも出ないし何もうつらなかった。
気づいてるのかも


»244
祖母が生きてたころに「いつもありがとうね、お土産かっていくけど何がいい?」と電話越しに聞いたら「油揚げがいいな」と言ったことがあって、それからうちでは稲荷さんということで解釈した。
近くに稲荷さんが実際にあるし、多少思い当たることもあったし

電話は2~3コールで出る。
普通に、ほんと知らない人が聞いたら留守番してる奴がいるでしょ?と思うくらい普通に「はい○○です。…ああ、わかった。じゃあ気をつけて」とか。
電話するときに、自画像描いてとか名前教えてとか言ってみようかな、と思うと電話に出ないんだよね。かなり鋭い相手。
250 :1/2[sage] :2009/03/12(木) 18:09:33 ID:6VwPuanu0
»246
出会いのきっかけの前からになるけど、うちの実家の裏手には山があって、細いのぼり道を少しあがったところ(大人の足で5分もない程度)に小さな稲荷さんがある。(小さい祠)

私がまだ生まれて間もないころに風邪を引いたのか、高熱が何日か続いて、母親が寝ずの看病をしてくれていた。
疲れた母がほんの少しうとうとした1、2分の隙に私が消えた。
家内を探しても居ない。母と私以外で家に居たのは祖母のみ、でも祖母も見ていないと言う。
半狂乱で探すうち、家の裏手に回った母がかすかに子供の声を聞きつけて山へ行くと、稲荷さんの祠の前に私が寝ていた。そして熱がすっかり下がっていた。
まだハイハイどころか寝返りも打てない幼児がどうやってそこまで移動したのか、誰かが連れて行ったのか、結局分からずじまいだった。

251 :2/2[sage] :2009/03/12(木) 18:10:07 ID:6VwPuanu0
時がたち私が幼稚園の頃、用事で家族全員が留守にしたことがあった。
私は幼稚園へ、そして家には近くに住む高校生の従兄弟が留守番に来てくれる手はず。
幼稚園が終わり、家へ電話すると男性の声が応答したので従兄弟だと思い、今から帰宅すると伝えると「おやつをテーブルに出しておくから気をつけて帰ってこい」と返事。
帰宅してみるとおやつの用意はしてあり、まだ熱いお茶まではいっている。だが、従兄弟どころか誰も居ない。
従兄弟は留守番の約束をすっかり忘れて遊びにいっていた。実家には誰も居なかったはず。
では、あの電話の声は誰なのか?これが初めての出会い体験。

最初は私が電話したとき限定だったので家族も半信半疑だったが、そのうち一人、また一人と同じ経験をした。
しばらくするうちに「悪さをするわけじゃなし、あまり追求してもかわいそう」と判断して誰も気にせず、見えない家族が増えたという認識でおちついた。

で、
・ある日祖母がお土産いるかと聞いたら油揚げと答えた
・はじめのうちは私限定だった、私を助けてくれたといえば裏山の稲荷さん
という二つから、もしかしたら稲荷さんじゃないかということになって今に至る。

——————————————————————————————
あれID
252 :本当にあった怖い名無し[sage] :2009/03/12(木) 18:13:17 ID:6VwPuanu0
最後ミス
ID変わっちゃった。

»248
次に留守にするときに煮付けてテーブルの上に用意して、電話で「テーブルの上に油揚げ置いておいたからね、食べてね」と言っておいたら帰宅する頃には完食して食器も洗っておいてあった


»249
どうかなー
266 :本当にあった怖い名無し[sage] :2009/03/12(木) 22:10:55 ID:1HLa2Y490
度々ID変わってて申し訳ない
»233(ID:jJuJBpzV0)=»250(ID:6VwPuanu0)=ID:1HLa2Y490です

明日になったらただの名無しに戻ります、長々続けてすいません


»255
私は小さかったんであまり恐怖感はなかったと思うけど、家族は最初のうちはちょっと気味悪かったみたい。


»256
ちょっと照れくさそうに「ありがとう、いただきます」と言ってたらしいです。


»262
自分ではどういう縁があるのか全く分からないけど、やはり私に何かしら関係があるようで…
ちなみにどうやら私の子供も助けてくれてるようです。
今は実家暮らしではないんだけど、それでも見守ってくれてるのかなとちょっと嬉しく思ってます。


»264
元は小さい質素な祠だけだったんですが、私の幼児期の熱が下がった一件の感謝で鳥居をたてて、私が結婚する少し前に小さいけれど石屋さんに頼んで狐さんの置物(狛犬みたいなやつ)を置かせてもらいました。
周りも少しだけ整地したんで、今じゃミニ神社みたいになってます。